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【イタリア旅行】4日目:ローマ市内観光 フォロ・ロマーノ再訪

パンテオン、そしてトッレ・アルジェンティーナ広場と続いて向かった先は、フォロ・ロマーノです。
ガイドさんとお別れしたので、歩いての移動ですが、歩いた方が現地の雰囲気を味わえるので、正直午後の方が楽しかったかも(^-^;。

フォロ・ロマーノへ

午前中も寄りましたが、もっとじっくりと見ていきたかったので、再び訪れました。

トッレ・アルジェンティーナ広場からのルートはこんなかんじ。

※途中でヴェネツィア広場やカンピドーリョ広場に寄り道してるので、こんなルートになっています。

移動中に撮ったお写真

せっかくなので、途中歩きながら撮った写真と併せて、移動ルートをご紹介したいと思います。

Largo Arenula
左手にトッレ・アルジェンティーナ広場。

Largo Arenula

しばらく路面電車沿いを歩いていきます。
Via Florida

S. Stanislao
ヴェネツィア広場近くでの一枚。このような寺院は至る所にあります。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂

またヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂です(^-^;
フォロ・ロマーノに直接行くのであれば、ここヴェネツィア広場まで行く必要はありませんが。
自動車で素通りしてばかりでしたので、一度ゆっくり見てみたいと、寄り道した次第です。

・・と思っておりましたが。
今改めて上の地図含め確認してみると、ヴェネツィア広場から直接フォロ・ロマーノまで行けますね。
わざわざカンピドリオ(カピトリーノの丘)を登って下る必要はなかったようです・・疲れたのに(苦笑)。

Monumento Nazionale a Vittorio Emanuele II
ヴェネツィア広場に面するかたちで、記念堂の正面玄関があるのですが、やはり建物の存在感が強いので、ついつい撮ってしまいます。
※この写真、前の記事にも載せておりましたが、実はこのタイミングで撮ったものです。

Monumento Nazionale a Vittorio Emanuele II
こちらは、建物右側。

Monumento Nazionale a Vittorio Emanuele II
夕陽を背景に。シルエットが綺麗でした。

フォロ・ロマーノ

ヴェネツィア広場から少し戻って、コルドナータ(坂道)を登り、カンピドリオ(カンピトリーノの丘)頂上にある「カンピドーリョ広場」を通り過ぎ、また坂を下り・・・。
※繰り返しですが、このルートじゃなくてよかったと後で気が付きました(^-^;

着きました!
DSCF1511-2

DSCF1509-2-2
とはいっても、正確には「フォロ・インペリア通り」近辺なのですが。
フォロ・ロマーノへは午前中入場した時に使ったチケットが使えたのですが、時刻ももう遅いので入場は断念しました。

とはいえ、フォロ・インペリア通りもとっても魅力的なものがあります。
それがこれ(笑)

カエサルの立像

CIVLIO CAESARI DICT PERPETVO
C IVLIO CAESARI DICT PERPETVO
意味は分かりませんが(汗)、カエサルだというのは分かります。
皇帝ではありませんが、共和制から帝制へと移行するための足掛かりを築いた、重要な立役者であります。

一応簡単に共和制と帝政について説明を。
共和制というのは、各地の有力者(貴族)が集まって物事を決めていく政体。
帝政というのは、皇帝に権力を集中させ、一人で決めていくやり方。いわゆる独裁。

もう少し突っ込んで言うと。
ローマ建国の時代は王政でしたが、7代目で市民の怒りを買い(独裁が過ぎた)追放。
権力の集中はイカン!ということで王政の時代からいた元老院(諮問機関)が中心となり物事を進めるようになったわけです。これが共和制。
しばらくはこれでうまくいっていたのですが、領土拡大につれ、人も増え、やる事も増えてきて。
元老院議員数も600にまで増えてしまうと1つ物事を決めるのもままならず。
特権階級でもあるので、それに胡坐をかく人も少なからず・・要は質の低下ですね。

それじゃイカン!と思い立ったカエサルが、元老院体制の打倒と新体制の樹立を目指したわけです。
ただ、やりかたが一部強引な部分もあったのでしょう。
古き良き共和制を思う一部の元老院たちによって、カエサルは暗殺されてしまうのです。

ちなみにですが。カエサルは皇帝ではありません。
よく「王」と呼ばれていたそうですが、そう呼ばれる毎に「私は王ではない、カエサルである」と言っていたそうで。
王政ローマ時代の失敗から、王というものにものすごくアレルギーを持っていたそうで。
そういった事には敏感になっていたと思います。

まあ、そんな言動があったためかどうかは分かりませんが。
後の皇帝の名前には「CAESARI」(カエサル)という言葉が含まれるようになり、実質それが皇帝を指す言葉になったそうです。

アウグストゥスの立像

IMP CAESARI DIVIF AVGVSTO PATRI PATRIAE
IMP CAESARI DIVIF AVGVSTO PATRI PATRIAE

初代皇帝「アウグストゥス」です。
カエサル亡き後の内紛を制し、カエサルが示した帝政を制度化することに成功した人。
しかも旧勢力である元老院と対立することなくスムースに帝政に移行させた、恐るべきバランス力の持ち主。

像の最後に書いてある「PATRI PATRIAE」は国父という意味らしいですが、これは元老院から与えられた称号らしいです。
カエサルの二の舞を防ごうとした結果なのでしょうね。

ついでに言うと。
IMPは「Imperator」、軍の最高司令官(将軍)を表す単語。すべての権力の上に立つわけですから、軍の最高司令官でもあります。
CAESARIは上でも書きましたがカエサルですね。
DIVIF は「Divi Filius」の略で、神の子。
AVGVSTO は尊厳ある者。
べた褒めですね(笑)。

あと、この像。他の人たちの像と比べると若いですよね(笑)。
アウグストゥス自身は76歳まで生きた人なのですが、このような像を建てる際はあえて若い時代の姿を選んでいたそうです。
なぜかは知りませんが。

ネルウァの立像

IMP CAESARI NERVAE AVG
IMP CAESARI NERVAE AVG
第12代ローマ皇帝。
五賢帝と呼ばれている皇帝の一人で、その中で最初の皇帝。

トライアヌスの立像

IMP CAESARI NERVAE F TRAIANO OPTIMO PRINCIPI
IMP CAESARI NERVAE F TRAIANO OPTIMO PRINCIPI
第13代ローマ皇帝。
五賢帝と呼ばれている皇帝の一人で、その中で2番目、つまり上のネルウァの次に即位した皇帝です。
この人は古代ローマ史上、最も領土を拡大させた皇帝として有名です。
※但し、次の皇帝ハドリアヌスの治世になり、現実路線にてそれら領土の一部を手放す事になるのですが。

トラヤヌスのフォルム

Mercati di Traiano
フォルム=英語でいうフォーラム、一般開放された広場ですね。
日本語では市場とも表現されます。

上でも出てきましたが、トラヤヌス帝は領土拡大にも精を出した人でして。
その領土拡大の一環であるダキア戦争(ダキア:今のルーマニア)での勝利を記念して作られたものだそうです。
余談ですが。
ルーマニアは「ローマ人の国」という意味。
次の皇帝「ハドリアヌス」の時代には手放された土地なので、ローマであった時期はほんの数十年なのに、面白いですよね。

ところで、この写真。
人が一人座っているのですが・・
Mercati di Traiano
ここどうやったら入れるのだろう??
行けるのなら行ってみたかった(笑)

Casa dei Cavalieri di Rodi

Casa dei Cavalieri di Rodi

トラヤヌスのフォルムすぐ右手(コロッセオ方面)にあります。
何の建物なのかは・・わかりませんでした(汗)。

アウグストゥスのフォロ

Foro di Augusto
Foro di Augusto

初代皇帝「アウグストゥス」が建てたフォロ(フォルム)。
さらにコロッセオ方面に向かった場所にあります。
トラヤヌスのフォルムでも説明しましたとおり、公共の集会場。
当時の皇帝など権力者たちは、このような建物を自費で建造して市民一般に提供しておりました。

ちょっと話がずれるかもしれませんが。
西洋の人たちって寄付の精神がありますよね。
キリスト教やイスラム教(西洋ではないですが)にも施しの精神がありますが。
古代から脈々と引き継がれた考え方なのかもしれませんね。

少なくとも日本の歴史を紐解いても、一般市民(そもそも一般市民に相当するのって誰?という話ではありますが)のために作ったものってぱっと思いつくものがあまり無い気がします(私が知らないだけかもしれませんが)。
信玄堤とかいうのもありますが、あれはどちらかというと治水工事だし・・。ちょっと違う気がします。

こういった建物一つをとっても、文明や文化を形成する思想の違いを垣間見る事が出来て、面白いなぁ、と思います。

サンティ・ルカ・エ・マルティーナ教会

Chiesa dei Santi Luca e Martina
Chiesa dei Santi Luca e Martina

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂の近くにありました。
こちらは・・現役の教会でしょうが、正直あまりよく分かっておりません。
フォロ・ロマーノの中にはいくつか教会がありまして、こちらもそのうちの一つ。

だいたいしっかり屋根まで残っている建物であれば、ほぼ間違いなく教会して使われております。

などなど。

また、道路から見るかたちにはなりますが、発掘中の遺跡など見る事も出来ますので、見ていて飽きません。
当然無料です。
なので、ここは大勢の観光客で賑わっておりました。

スリにご注意

一つ注意すべきは、スリが多いという事。
ヨメさんと別れ少しの時間単独行動していたのですが、そこでヨメさんがスリらしき人物に狙われそうになった、と言っておりました。
いや、確証があるわけではないのですが、後ろからついてきて、それに気づいたヨメさんが止まって振り向いたら、相手も止まって。
それを2,3回繰り返してやっと離れて行った、と言っておりました。
ヨメさんは結構カンが鋭い方で、またとっても用心深い人なので、多分間違いないかと・・コワイです。

まあ、仮に気付かれずにカバンを物色されそうになったとしても。
カバンのファスナー部分に鍵をしておりましたので(どんだけ用心深いのか・・)、よほどのことが無い限りスラれることは無いと思います。
本人もカバン開けるのがとっても大変、というくらいにしておりましたので(苦笑)。

続きます・・

まだローマ市内観光1日目だというのに、この内容の濃さ!
もうひと踏ん張りして、この日最後に訪れた「カピトリーノ美術館」に向かいます!

~イタリア旅行記目次~

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